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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)5162号 判決 1965年2月23日

原告 呉裕仁

右法定代理人親権者 呉秋温

同 呉香枝

右訴訟代理人弁護士 水野東太郎

同 荒井秀夫

同 海地清幸

同 平岡高志

同 浜名儀一

被告 八千代産業株式会社

右代表者代表取締役 平木三郎

被告 八千代証券株式会社

右代表者代表取締役 平木三郎

右両名訴訟代理人弁護士 前田茂

同 河鰭誠貴

同 松本包寿

右前田復代理人弁護士 柏原行雄

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、事件の経過

1、本件建物はもと神谷京一の所有であったが、昭和二九年六月一日付売買により斉藤成司に譲渡された旨の登記が同月三日なされたことは≪証拠省略≫によって明らかである。

2、これに対し田中テルが右売買は通謀虚偽表示であるとして、債権者代位権に基づき債務者神谷に代位し、斉藤に対する処分禁止の仮処分決定を得、昭和二九年七月二二日その旨の登記がなされたこと(右仮処分が代位に基づくものであることは≪証拠省略≫により明らかである。)は当事者間に争いがない。

3、原告がその後である同年八月六日本件建物につき所有権移転請求権保全の仮登記を経由したことは当事者間に争いがなく、その仮登記の実体上の原因は、請求原因一(一)(イ)、(ロ)のような形の同年七月二〇日頃成立した売買契約であったことは≪証拠省略≫を総合して認めることができ、原告が右仮登記に基づき請求原因二のような経過で本登記を経由するに至ったことは当事者間に争いがない。

4、しかし、田中テルは債権者代位権に基づき神谷に代って、右2のとおり神谷、斉藤間の本件建物売買契約が通謀虚偽表示であるから無効であり、原告は悪意の転得者であるから、本件建物の所有権を取得できないとして、斉藤および本件原告を被告とする右1、3の各所有権取得登記の抹消請求訴訟を提起した結果、一審で各被告に対する請求が認容され、そのうち斉藤に対する請求部分は昭和三三年八月二五日確定したこと、(原告が右通謀虚偽表示の点について悪意であることは本訴において原告の敢えて争わないところである)、そこで田中は昭和三七年四月一八日この確定判決に基づき、斉藤の経由した右1の所有権取得登記および右2の処分禁止の仮処分の登記よりも後順位にある原告の所有権取得の本登記の各抹消登記手続を申請し、これが受理され、原告の前記3の登記も抹消されるに至ったことは当事者間に争いがない。

5、このようにして本件建物の登記簿上の所有名義が神谷に復帰すると間もなく、被告八千代産業は田中の斡旋で神谷から本件建物を買い受け、同月二五日その旨の登記を経由したことは≪証拠省略≫によって認めることができ、この認定を左右する証拠はない。(登記の存在は争いがない。)

二、原告の所有権と対抗力

(一)  前記一3のとおり登記簿上では、原告は本件建物の所有権を斉藤から取得したもののように表示されているけれども、≪証拠省略≫によれば、原告は右買受代金を神谷に支払う約束をしていること、また≪証拠省略≫によれば、被告等が主張する右売買契約の解除の意思表示は神谷から原告に対してなされていることがそれぞれ認められるから、このような徴憑と≪証拠省略≫を総合すれば、右売買契約の締結にあたって作成されたと認められる成立に争いない甲第三号証の仮手附金受領証上で売主を斉藤成司、神谷京一をその連帯保証人と表示した理由は、本件建物が登記簿上では斉藤の所有であるかのように表示されているけれども神谷から斉藤への売買は通謀虚偽表示であり、真実の所有者は依然として神谷であること、しかし原告への所有権移転登記手続の便宜を図るため、登記簿上の所有名義人である斉藤から原告へ所有権を移転するような外形の書面を作成し、これによって所有権移転登記を行うこと、そのため真実の所有者であり実質的には売主である神谷にとくに連帯保証人としての責任を負わしめることの合意が、神谷と原告との間に成立したものと認めることができ、甲第一号証(登記簿)上の表示が前示のとおりであることは必ずしも右の認定を妨げるものではない。

そうとすると、原告と神谷との間には、登記手続の便宜から外形上は斉藤から原告へ売り渡す形式を整えはしたが真実は神谷から原告へ売り渡す旨の合意が成立したものと認められないではなく、これによって原告が本件建物の所有権を取得したことも一応は首肯でき、右の認定を覆すだけの証拠はない。

(二)  そして原告が、前記一3のとおり本件建物の登記簿上の所有名義人(仮装の譲受人)である斉藤との間の売買を原因とする旨の所有権移転請求権保全の仮登記およびその後にこの仮登記に基づく本登記を経由したところ、前記一4のとおり右仮登記に先立ち斉藤に対する処分禁止の仮処分登記がなされていたため、原告の経由せる登記が抹消されるに至ったことは、すでに述べたとおりである。

原告は、右抹消が不動産登記法一四六条に違反した処分であり、このような違法な抹消によっては所有権取得の対抗力になんら消長を来さないと主張し、被告等との関係でも自己の所有権を対抗できるという。

しかし一般に仮処分債務者の所有する不動産について仮処分債権者のため処分禁止の仮処分の登記がなされたときは、その後に第三者が当該不動産につき権利の設定、移転等の登記を経由してもそれを仮処分債権者に対抗できないことは、仮処分命令の効力からして当然の帰結であって、このような場合の第三者は、処分禁止の仮処分の登記が存在するにもかかわらず敢えてこれに抵触するような権利の設定、移転を受けたからには、仮処分債権者の本案請求が容認せられたときには右仮処分命令に抵触するかぎりで自己の経由した登記も抹消されるべき運命にあることは、当初から予測できたところといわなければならない。それゆえたとえば後日処分禁止の仮処分の債権者が本案で勝訴し、仮処分債務者から仮処分債権者へ所有権移転登記をなすべき事態に立ち至ったときは、その登記の申請と同時に仮処分債権者は単独で処分禁止の仮処分登記後に第三者が経由した当該仮処分と抵触する所有権移転登記の抹消を申請できるものと解すべきであり、この場合は第三者に対抗し得べき裁判の謄本等を要しないとの取得はすでに昭和三五年七月一四日言渡の最高裁判所昭和三三年(オ)第三五八号事件の判決によって肯定されているところでもある。

もっとも原告は真実は神谷から所有権を取得したのであって仮処分債務者である斉藤から譲り受けたのではないから、右のような仮処分債権者の単独の申請で抹消し得べき場合と同一に取り扱うことはできないと争い、原告の所有権の取得の経緯がその主張のとおりと認められる余地がないではないこと前示のとおりであるけれども、権利の移転が真実にはどのような経緯で行われたかは登記官吏の知るところではなくまたこのような実質的な事柄を審査する権限もないのであるから、真実の移転経緯を理由に本件抹消を違法視する原告の主張は事実の存否を問うまでもなく、失当である。すなわち本件の場合にあっては、処分禁止の仮処分の登記後に原告は仮処分債務者である斉藤から売買を理由に所有権移転請求権保全の仮登記および本登記を経由したことがその抹消の可否の前提とされるのであって、右仮処分の理由すら登記官吏は知り得ないものである。そうであってみれば原告の仮登記、本登記が処分禁止の仮処分の登記より後になされていることから、前掲最高裁判所判決によっても是認されている昭和二八年一一月二一日民事局長通達に従い登記簿上明らかに本件仮処分命令に抵触する原告の所有権移転登記の抹消申請を受理し、同登記を抹消したことは適法であり、右処分禁止の仮処分が神谷に代位して田中テルが申請者となってなしたものであることは、なんら右の結論を左右するものではない。また原告の所有権の取得が真実は右の処分禁止の仮処分に先立っていたとしても、原告の仮登記にして右の仮処分の登記に遅れるかぎりは前示の取扱に従い抹消を免れないものであることも言うまでもなく、原告が右仮処分の効力に服しない旨の主張はいずれも理由がない。

そのほか原告は請求原因四(一)のとおり争うけれども、仮にその主張(ロ)のような見解をとったとしても、登記官吏が前示のような処分禁止の仮処分の効力に従いこれと抵触する原告の登記を抹消した処分自体は不動産登記法に違反するものではないから、なんら右の結論を左右する事由とならない。

(三)  右のとおり原告は本来なら神谷から直接に所有権移転登記を受けるようにすべきところを敢えて仮処分命令に反した登記を経由したからには、仮処分債権者の単独申請によってその登記が抹消される事態もあることを当然に考慮に入れておくべきであって、真実は神谷から所有権を取得したとの理由で本件抹消処分を違法なものとする原告の主張は登記官吏に実質的審査権限を与えていない現行不動産登記法の下では採用する余地がない。(なおこのとおり解しても原告はあらためて真実の所有者である神谷に対し所有権移転登記を請求できるわけであり、遅滞なくこれを行うことによって自己の権利を確保できることが充分に考えられる。)

三、背信的悪意の有無

原告は請求原因四(四)のとおり被告八千代産業は背信的悪意をもって本件建物を取得したと主張するところ、右のうち(イ)、(ロ)、(ニ)、(ホ)の各事実および(ハ)のうち保証金、敷金の返還請求があった点は被告等も認めるところである。しかし、前記一で説示した関係者間の紛争の経緯および≪証拠省略≫を総合すると、神谷と被告八千代産業との間の本件建物の売買は、神谷の債権者である田中テルが事実上とりまとめたものであって、神谷は田中テルに対する負債の手前、同女がその債権回収方法として本件建物を被告八千代産業に金六〇〇万円で売却せよとの要請を拒みきれず、不本意ながら売却を承諾したものであること、田中テルが神谷に代位して本件原告および斉藤成司を被告とした当庁八王子支部昭和三〇年(ワ)第一五一号建物所有権移転登記抹消登記手続請求事件ならびに同じく本件原告を被告とした同支部昭和三四年(ワ)第三八四号建物所有権移転登記抹消登記手続請求事件において、本件原告は神谷と斉藤との間の売買が有効であること仮にそれが通謀虚偽表示であるとしてもそれを知らなかったことを主張したにとどまり、神谷から買い受けた旨の主張はしていないことが認められ、これを左右するような証拠はない。そうであれば右両事件でいずれも田中テルが勝訴し、斉藤、神谷間の所有権移転行為すなわち売買は通謀虚偽表示であること、本件原告はこの点について悪意であることの二点で田中テルの主張が容認されたことから、被告八千代産業が本件建物の所有権は原告ではなく神谷にあるものと信じたのは当然であって、原告の所有権取得の登記が抹消されたのを機会に、田中テルの申し出に応じて神谷から本件建物を買い受けることにしたからといって、そこに原告の登記の欠缺に乗じて巨利を博そうとした意図があるとはとうてい認められない。のみならず本件建物は昭和三六年九月から被告八千代証券が賃借し使用中であることは当事者間に争いないところであるから同被告と被告八千代産業とが原告の主張するように子会社、親会社の関係にあるものとすれば、その建物使用権限を確固たるものにするため所有権を取得しようと望むのは自然であり、これを一概に非難するのは失当である。その他原告の主張および本件全証拠に照らしても被告八千代産業をもっていわゆる背信的悪意の取得者と目すべき特段の事情が存在したと認めることができない。

四、認諾の効力等について

原告は請求原因四(五)のとおり被告八千代産業は不動産登記法五条にいう登記義務者であると主張し、神谷の請求認諾行為があったことは被告等も認めるところである。

しかし、右認諾調書である成立に争いのない甲第四号証および当事者間に争いがない請求原因二の事実によれば、神谷は原告に対し前示仮登記に基づく本登記の請求を認諾したものであるところ、右認諾調書に基づく本登記申請手続はすでに完了していることは明らかであるから、神谷の右義務は履行によって消滅したものと解すべきである。

のみならず、不動産所有権の特定承継人は、当然には前主の登記義務を承継するものと解すべきでなく、この理は前主の登記義務が認諾調書をもって確定せられていると否とによって異らないものと解するのが正当である。したがって他に格別の事情も認められない本件では原告の主張は右いずれの点からみても失当である。

五、賃料請求の当否

これまで判断したところからみれば、その余の争点につき判断するまでもなく原告は本件建物の所有権の取得を被告等に対抗できないことは明らかであるが、当事者間に争いがない本件建物の賃料債権等に係る和解契約中の特約条項(被告等の主張三)の趣旨に従えば、原告の被告八千代証券に対する本件賃料債権は原告が登記簿上本件建物の所有名義人でなくなったときには当然に消滅するものと解すべきであるから、請求原因三(五)の事実は当事者間に争いがないけれども右和解契約に基づく賃料債権は前示のとおり原告の所有権取得の登記が適法に抹消された昭和三七年四月一八日かぎり消滅したものである。右抹消の適法性に関する原告の主張が理由のないことはすでに説示したとおりであり、原告の昭和三七年五月一日以降の賃料請求も失当に帰する。

六、結論

以上のとおり判断されるので、その余の争点につき判断するまでもなく原告の請求はいずれも理由がないことに帰し、棄却すべきものである。よって民事訴訟法八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 右田哲一 裁判官 滝田薫 裁判官山本和敏は転官のため署名捺印できない。裁判長裁判官 石田哲一)

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